デビルウィスパー126
轟音が聞こえてきたのは、西から。幸一はらしくもなく焦りを浮かべている。
全ては、オレの考えた通りに事は運んでいた。
オレが、殺人鬼は『覚醒』したての、血に飢えた吸血鬼とわざわざ情報を提供したのは、女を一人で行かせるためだ。相手に見境がないとわかれば、あの偽善者は犠牲をこれ以上出さぬよう、また、幸一の負担をへらすためにも、一人で探索に行くだろう。
天使を一人で行かせたのにも、もちろん訳がある。
女が死ねば幸一は再び一人。身内を死なせた己の無力を呪うだろう。そうなれば幸一はまた一歩『絶望の断崖』に近づく。
オレが見た限りでは、あの天使は戦闘に不慣れだ。さらに性格的にも決断力に欠けている。争いごとに対し、消極的なのだ。前回戦ったあの不可思議な吸血鬼と同レベルの相手なら、間違い無くあの女は負ける。
そう見込んで幸一を起こさなかったのだが……さっきの轟音……戦闘の皮切りに最大攻撃を用いたのだ、あの女は。恐ろしく大胆なことをしやがる……これでは殺人鬼は退治され、幸一は危険から遠ざけられ……クソッ、マズイな……!
足を止めた場所は、オレにも見覚えがあった。なるほど、ここならば確かに敷地は広く、夜限定ではあるが人気も無い。
幸一は己が通う校舎の門を飛び越え、敷地内に潜入。息を切らせつつ手袋を外し、オレをその身に召びつつ地を蹴る。
左半身が赤黒い螺旋模様に埋められ、左眼の色素が反転する。その視界に入って来たのは、凄惨な光景だった。
東側の校舎は先程の女の攻撃によってだろうか、半壊しており、建物の骨格部である鉄筋コンクリートが剥き出しになっている。アスファルトは土が見えるほどに破壊され、割れたガラスの破片が辺りに散らばることで月明かりを反射させている。
そして……女は首根っこを片手で敵につかまれ、口から血を洩らしていた。苦しそうにその手を両手で引き剥がそうとしているが、敵の膂力は凄まじいらしく、びくともしない。胴体は女が用いる槍で串刺しにされ、外壁に縫い付けられていた。
幸一は怒号を放ち、敵目掛けて疾走する。それによって、ようやく敵も幸一の存在を知ったようだ。ゆっくりと首だけでこちらを振り返る。舐めているにも程がある。
しかし、その絶好の攻撃機会を、幸一は逃してしまう。あろうことか、呆然とした顔立ちで立ち止まってしまったのだ。
そして、相手が発した声によって、幸一の思考は今度こそ、正真正銘、空白ができた